第二章 問題解決方略に関する先行研究
第一節 問題解決方略
2-1-1 問題解決方略
(1)定義
横山[i]は、問題解決ストラテジーを「解法の中で主要に用いられる考え方や解決の方法」と定義している。
シェーンフェルド[ii]は、「もし、あるやり方が2度目もうまくでき、そのやり方をうまく使ったことを思い出して、
別の似た問題それを使ってみようと考えたときに、そのやり方(method)は方略になる」と述べている。
彼らをはじめとする多くが、問題解決ストラテジーを定義しているが、本稿では、「手がかりを掴むため」
の問題解決ストラテジーの役割も重視し、
「当面する問題を解決しようとする場合に、助けとなる問題解決の全般的な手順や解法発見の手がかりを与える方法」
と定義することにする。
さまざまな研究者がストラテジーとして挙げる内容は多岐にわたり、統一されていない。数も相当なものになる。
古くから問題解決ストラテジー指導を実践的に研究している愛知県幸田小学校[iii]では、Lenchner[iv]の文献にある12個
のストラテジーから、7つのストラテジーを選択し発達段階を考慮しながら指導している。
(2)二つのタイプ
布川[v]は、問題解決ストラテジーを、「解法的ストラテジー」と「分析的ストラテジー」
の二つの型としてとらえている。解法的ストラテジーを「解法における主要な考え方」とし、
分析的ストラテジーを「困難な状況解消のための手だて」ととらえている。
また、布川以外にも多くが、「問題を解決する際の計画や手順に関するもの」と
「それらの計画や手順を実行するときの具体的な方法に関するもの」
といった二つのタイプに分類している。
(3)数学的考え方との関連
a) 包含関係
小林ら[vi]は、以下のように捉えている。
「「数学の考え方」とは、数学を生成・発展させていく過程にあらわれる考え方であり、
その過程を、(1)数学の問題を開発する、(2)それを解決する、(3)知識を体系化することの
3つの場面としてとらえられる。一方、「問題解決の方略」とは、問題を解決する際の構想、
着想、方策(手立て)といったもののことをいう」ととらえると、両者は図のような包含関係にある。」
b) A∩Bの関係
片桐重男は、『数学的な考え方の具体化』[vii]の中で、G.L.Musser & J.M.Shaughnesseyのstrategies
に触れながらこう述べている。
「このストラテジーには、数学的な考え方の特徴と同じものがいくつも示されているし、
また表現は異なっていても「あの数学的な考え方と同じだ」と読み直せるものが多くある。
しかし中には、考え方とは考えられない、単なる技能、手順とみられるものもある。
したがって、数学的な考え方とストラテジーとは、次のような関係のものとみられる。」
c)
しかしながら、数学的考え方と問題解決方略とは別のものである。ストラテジーとは、
問題に対して発見的にアプローチするものである。数学的な考え方は、そのストラテジーを
含むものであったり、ストラテジーに含まれるものであることもある。ときには、全く別の
ものでもあったりする。含むか含まれるかといったことは簡単には定義しにくい。
清水克彦[viii]は、方略を「児童が問題を解決する際にとったさまざまな行動をカテゴリー化したもの」
ととらえ、「数学的な知識技能は、そのままでは、単なる概念だが、児童の主体的な問題解決のなかに
現れたとき方略となり、問題解決能力を形成するものとなる」と述べている。
数学的な考え方を問題解決のときに用いたものがストラテジーになることはあるが、
包含関係については敢えて定義しないことにする。
2-1-2
スキーマとストラテジー
(1) 問題解決スキーマ
OwenとSweller[ix]は、認知心理学からの研究をふまえながら、問題解決のエキスパートと
ノービスとで最も異なるのは、当該領域についてのスキーマ(schemas)を持っているか
どうかであり、エキスパートの問題解決活動の特徴は、このスキーマを持っていることで説明
できるとした。ここでスキーマとは、「問題が属するカテゴリーと、そのカテゴリーの問題に
とって最も適切な行動(moves)の双方を特定するような、認知構造として定義される」ものである。
彼らは、多くの研究が、一般性を持つストラテジーよりも、領域に固有なスキーマの獲得により
問題解決が促進されることを示していることから、ストラテジーの指導にあまり期待すべきではなく、
むしろ領域に固有な詳細な知識の獲得を通して、こどもの問題解決の向上を目指すべきだと述べた。
(2)スキーマとストラテジー
それに対して、本来の意味での転移において、役割を果たすほどに、ストラテジーは一般的な性格を
持っていると考えられている。スキーマに基づく問題解決能力は、非常に限られた範囲でしか適用できない。
例えば、新たな知識を獲得するような場面で古い知識をどのように用いるかといったことには、スキーマ
では対処できないのではないか、という批判がLawson[x]によってなされている。
しかし、実際に一般性のある転移があることを示そうとするのであれば、指導で獲得されたストラテジー
は全く関連のない(quite unrelated)問題に適用できなければならないのに、ストラテジーの指導の効果を調べ
た研究においては、そうした側面を測るようにテスト問題をつくることに十分注意が払われていない、
とSweller[xi]は指摘した。
つまり、Lawsonは関連のない問題にも適用できる程度に一般性を持つという点で、ストラテジーが
スキーマと異なるとしたのに対し、これまでのストラテジーの指導に関する研究では、まさにその点に
対する注意が十分ではないとSwellerは指摘したのだった。
もし、そのような指導のもとで獲得されたストラテジーでは、関連のない問題に適用される保証は得ら
れないことになり、ストラテジーの優位性も保証されなくなってしまう。
(3) ストラテジー指導のアルゴリズム化
こういったことを考えていくと、ストラテジーの指導によって成績が向上したのは、「問題のタイプの知識」
(ある問題に対して、この共通の定式化に関わる知識)(石田[xii])とそのタイプの問題に対する答えを求める
ための手続きが獲得されたからだということになる。
「問題のタイプの知識」と答えを求めるための手続きとを一緒に考えると、これは、問題のカテゴリーを
特定し、しかもその問題に対して適切な行動をも特定するという意味で、OwenとSwellerが述べるスキーマ
の規定を満足することになる。このことから、ストラテジーを指導しようとしながら、実際には、ある種の
スキーマを形成している疑いがあるのである。
StanicとKilpatric[xiii]は1980年代の問題解決の指導を振り返り、以下のような反省をしている。
「ヒューリスティックスは技術(skill)に、テクニックに、そして逆説的なことにアルゴリズムにすらなっている。」
数学教育において、「問題解決ストラテジーとヒューリスティクスとが同義である」(Schoenfeld[xiv])ということ
からみても、これは問題解決ストラテジーについての指摘と考えられ得る。
(4)ストラテジーとスキーマの補完関係
布川[xv]は、以下のように述べている。
「元来、問題解決では答えを見出すのにいつでも使えるようになっている手法をまだ持っていないことが、
条件として要求されていた。しかし、スキーマでは、少なくとも当該スキーマで扱われるカテゴリーの問題
に対しては、すぐに使える手法が含まれている。つまり、スキーマの指導は、子供にとってノンルーチンな
問題をルーチンな問題にする試みと見ることができる。
・・・
ここまで考えを踏まえれば、問題解決におけるスキーマの果たす役割を考えながら、なおストラテジーの
一般性を保証するために見慣れない状況を既有のスキーマの中に取り入れていく過程で有用なプロセスを、
新たにストラテジーとして取り出すことが、ストラテジーを考える際の新しい方向性になる。
つまり、問題のタイプに応じてストラテジーが存在するのではなく、見慣れない状況で、ある問題と既有の
スキーマとの関係性の上で、ストラテジーが議論されることになる。」
したがって、ストラテジーをいかに使うかは、経験として積み上げたスキーマにかかっている。また、
既有のスキーマで及ばない問題に関しては、既存のスキーマをうまく使いながらストラテジーによって
補完するか、もしくは、ストラテジーによって切り崩すなかで、既有のスキーマとの結合を探っていくのである。
このことから分かることは、ストラテジーを知識として習得しても、初めてみるような問題を解決しよう
とする際の役には立たないということである。私たちは、何らかの問題解決の経験から類推して、ストラテジー
を用いている。つまり、問題解決を通して何らかのスキーマを作り上げていくことが必要になるのである。
[i] 横山正夫 「算数科問題解決ストラテジーの活用に関する分析的研究(1)」
日本教育工学会研究報告集, JET90-3, 1990, pp.33-40
[ii] Schoenfeld, A.H.
Can Heuristic Be Taught? In Cognitive Process Instruction. 1980
[iii] 上野正幸 「ストラテジー獲得による問題解決力の育成−低学年におけるストラテジー指導」
日本数学教育学会誌
算数教育 68巻 35-6 ,1986
[iv] G.Lenchner , Creative
Problem Solving in School Mathematics , Houghton Mifflin, 1983
[v] 布川和彦, 「算数・数学学習における問題解決ストラテジーの二つの型について−問題解決活動との関わりから−」.
筑波数学教育研究第7号 ,1988
[vi] 小林広利ほか12名 「問題解決における方略の習得をめざす指導」.日本数学教育学会会誌,76巻
『数学教育』7号 pp.20-27
[vii] 片桐重男,1988, 『数学的な考え方の具体化』,明治図書
[viii] 清水克彦 「問題解決教授における方略指導に関する一考察」,筑波数学教育研究第1号, 1982
[ix] Owen, E. &
Sweller, J. Should Problem Solving
Be Used as a Learning Device in Mathematics?
Journal for Research in Mathematics Education, v.20, 1989, pp322-328
[x] Lawson, M.J. The
Case for Instruction in the Use of General Problem-Solving Strategies in
mathematics Teaching: A Comment on Owen and Sweller.
Journal for Research in Mathematics Education, v.21, 1990 ,
pp.403-410
[xi] Sweller, J. On
the Limited Evidence for the Effectiveness of Teaching General Problem Solving
Strategies.
Journal for Research in Mathematics Education, v.21, 1990, pp.411-415
[xii] 石田淳一, 「問題文生成課題による算数文章題の理解過程の分析――割合文章題に焦点をあてて――」,
日本数学教育学会
第22回数学教育論文発表会論文集, 1989, pp.67-72
[xiii] Stanic, G. M. A.
& Kilpatrick, J. 1988. Historical Perspectives on Problem Solving in the
Mathematics Curriculum. In R.I. Charles & E. A. Silver (eds.),
The Teaching and Assessing of Mathematical Problem
Solving. Reston, VA: NCTM
[xiv] Schoenfeld, A. H.
1985. Understanding and Teaching; the Nature of Mathematical Thinking .
Paper presented at the University of Chicago, School
Mathematics Project, International Conference on Mathematics Education.
[xv] 布川和彦 「学校数学におけるストラテジー指導に関わる問題点について−ストラテジー指導に対する批判を手がかりとした新しい方向性の探求−」,
筑波大学教育学系論集
第16巻 第1号,1991 , pp.83-94