類推による問題解決

 私たちは経験をどのように問題解決に生かしているのか。この点に注目したのが類推(analogy)

による問題解決の研究である。ダンカー(Dunker)[i]の「腫瘍の問題」は、現実の放射線治療の方法

をある程度反映したものであるが、いきなり解くのは難しく、正答率はかなり低い。

 

胃に悪性の腫瘍のある患者がいた。その患者は体力がなく、手術はできないので、放射線によっ

て治療しなければならない。強い放射線を患部にあてれば、腫瘍を破壊することができる。

しかし、患部は体の内部にあるので、外から強い放射線をあてると、健康な組織も破壊されて

しまう。どのようにすれば腫瘍だけをうまく破壊することができるだろうか?

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ジックとホリオーク(Gick&Holyoak)[ii]は、

この問題を解かせる前に、ある国の中央にある要塞を攻撃しようとしている将軍の話を被験者に

呈示する実験を行っている。この話は、要塞が非常に堅固なので大軍で攻めないといけないのだが、

途中の道には地雷があって、大軍で通ろうとすると爆発してしまうという設定になっており、

腫瘍の問題と同型であるといえる。ジックらは、将軍の話の結末をいく通りかに変え、問題のヒントで

あると教示した上で被験者に呈示した。すると、将軍が軍隊をいくつかに分割して複数の経路から要塞

を攻撃させ、うまく占領することができたという結末をつけた話を呈示した場合には、被験者の7割が

腫瘍の問題に正解することができた。(「正常な組織が破壊されない程度の放射線を複数の方向から腫瘍に

集中するようにあてる」というのが正解)。しかし、それ以外の結末の場合には正解者はずっと少なかった。

 この結末だけからは、問題解決において類似の経験からの類推が有効に働いているように考えられる。

しかし、ジックらの研究では、自発的に類推を使うことがかなり困難であることも同時に示されている。

 

 このような結果から示唆されることは、類推による問題解決が的確になされるためには、2つの問題の

持つ共通構造を理解するための知識が必要だということである。上にあげたチーらの結果では物理学の

初心者は問題の表面的な特徴に注目する傾向があることが示されたが、そのような次元での類似性にとら

われていると、類推は逆に問題解決を阻害する場合さえある。[iii]

 

 こうしてみると、問題の知識と理解とは深く結びついていることがわかる。問題をどのように理解するか、

そしてどのような方略を用いるかは解決者の知識に依存するし、一方でその知識は実際に問題を理解し解決

していく過程の中で獲得されていく。つまり、現実に問題解決を行いながら、理解や解決に結びつくような

構造化された知識が獲得されていくということが問題解決の重要な側面なのである。

 



 

[i] Dunker, K 1945  On problem solving. Psychological Monographs,58,(Whole No.270)

 

[ii] Gick M.L.& Holyoak,K.J 1980

Analogical problem solving.

Cognitive Psycology,12,306-355

 

[iii] Gentner,D..&Gentener,D.R. 1983

Flowing waters or teeming crowds: Mental models of electricity.

In D.Gemter & A.L.Stevens(Eds.), Mental models. Hillsdale,N.J: Lawrence Erlbaum Associates. Pp.99-129